インドネシアの国際セミナーを終えて

 

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国際セミナーのパネリスト・司会・スタッフ


2021年1月27日(水)午後1時から午後4時(日本時間:午後3時~午後6時)に、国際セミナー「インドネシアのオルターナティブな開発のための適正な技術選択-持続可能なポストパンデミック社会に向けて」が、APEXとインドネシア大学環境科学研究所の共催によりオンラインで開催されました。Zoom会議に746名、YouTubeのライブ視聴で1,150名、合わせて1,896名が参加する、たいへん規模の大きい会議となりました。

 

 今日、多くの「開発途上国」は、近代化を進め、 経済成長をはかって、「先進国」に近づいていくことを目指していると思われます。しかし、今日の世界を持続不可能なものにしているのは、まさにこれまでの 「先進国」の発展のあり方に他なりませんから、「先進国」は、これまでの発展のあり方と技術体系を大きく転換していかなければならず、「開発途上国」は、 これまでの「先進国」の発展パターンとは異なる、持続可能な発展をなしとげていくことが切に望まれます。この国際セミナーは、かねてから提言しています〈持続可能な開発のための適正な技術選択に関する包括的フレームワーク〉をひとつの手がかりとして、 これまでの近代的発展・開発への追随や、その単純な延長とは異なる、オルターナティブ(代替的)な発展・開発についての、国際的・マルチセクター的な対話を始めることをめざして開催されたものです。

 

 はじめに、私(APEX代表理事、田中)から、「持続可能な開発のための適正な技術選択に関する包括的フレームワークインドネシアでの経験から」というタイトルで講演させてもらいました。これまでの人類の歴史において、人口や経済が増大・成長期から安定期に移行する時期に、きわめて重要な文化的・精神的な革新が生じてきましたが、1960年代後半に世界の人口増加率が鋭角的に減少に転じ、同じ時期に、近代科学技術批判が族生したことに注目しました。それが、今後本格化する、人類史的にも重要な革新の先駆となっているとも思えるからです。適正技術運動も、その近代科学技術批判の流れの中に位置づけることができますが、その運動は、およそ80年代後半から、勢いを失います。その要因を解析する中から、〈持続可能な開発のための適正な技術選択に関する包括的フレームワーク〉が策定されました。このフレームワークでは、今日の世界は、貧困と格差、環境と資源、人間・労働疎外の三つの問題がからみあう中で持続不可能性なものになっているととらえ、それらの問題が生じてくる根本的要因を、資本主義と近代科学技術が車の両輪となって爆発的に発展してきた近代産業社会の構造そのものに求めています。そのような考え方と、それらの問題を連関的に解決していくための技術選択のあり方をまとめた包括的フレームワークの10の原則を、逐次説明していきました。さらに、それらの実践的な裏付けとして、APEXがインドネシアで取り組んできた、コミュニティ排水処理システムの例をあげ、それが包括的フレームワークとよく整合するものであることも述べました。最後に、インドネシアは、今、先進国になることをめざしていますが、これまでの先進国の発展の形を後追いすることなく、それとは異なる持続可能な発展の道を選択してほしい、一方、先進国は、大急ぎでその経済・社会・技術を持続可能なものに転換しなければならず、かつ開発途上国が持続可能な発展ができるように手助けする義務がある、と述べて、まとめとしました。

 

 続いて、昨年からインドネシア大学教授になられた、京都大学名誉教授の水野広祐氏から、「持続可能な未来へ向けてのインドネシアのオルターナティブな開発-小・中規模産業の役割」というテーマでご講演いただきました。田中が指摘した人間・労働疎外(Dehumanization)の問題は、日本などでは、公共圏(市場向け財サービスの生産を担う)が重視されるあまり、親密圏(再生産(子供を産み育てる)や使用価値としての財の生産を担う)がないがしろにされ、子育てや介護の負担が増し、少子高齢化が進む、といったアンバランスな問題にもつながっているというお話から始まりました。そして、インドネシアは、家内産業、小産業の活躍が著しく、その就業者数(製造部門)は、中・大規模産業の就業者数(同)を大きく上回り、家内・家族ビジネスの生産額が、実にGDPの三分の一にもおよぶというデータが示されました。そして、その活力は、地域の生産者と商人とのネットワーク、中古機器の活用や廃棄材料の再利用など、さまざまな協力とくふうを通して保たれているものであることが指摘されます。最後に、このような家内・小産業の活躍は、公共圏と親密圏のバランスを回復して調和をもたらし、インドネシアの長期にわたる持続可能な発展につながるものでもあるという見解が示されました。 

 

 三番目の講演として、バンドゥン工科大学環境研究センター長のチャンドラ・スティアディ教授から、「排水処理における環境調和型技術の展望:生物処理を中心に」というテーマで講演がありました。まず、インドネシアにとって慢性的な問題となっている水質汚濁は、いまだ改善のきざしが見えず、今後は水不足の問題も加わって、水の問題は今後のインドネシアにとって大きな課題となるという指摘がありました。課題の解決のための技術として、既存の先進国の技術は、エネルギー消費が大きく、大規模集中型であり、大量の汚泥が発生するなど問題が多く、そのまま開発途上国に移転すると持続的な運転がなされない、したがって、それぞれの地域に適した技術が開発される必要がある、として、嫌気性バッフルリアクターと下降流スポンジ懸垂リアクターの組み合わせ、膜分離をともなう曝気式バイオリアクター、太陽熱を利用して処理効率を高めたセプティックタンクなどの例があげられました。

 

 ついで、質疑に入り、インドネシアにおけるSDGsの達成度合いをどう見るか、家内・小規模産業の競争力の確保、開発途上国におけるSDGs達成のための技術と人材の確保、ソーラーセプティックタンクの費用、今日議論されたことを達成するためのパンデミック後の法律のあり方等に関する質問と議論がありました。私からは、インドネシアには、水野氏からも示されたような、家内産業・小産業の膨大な集積、親密で共生的なコミュニティの人間関係、豊かな自然と、類まれな生物多様性があるので、化石燃料の大量消費を前提とした巨大なシステムが出来上がってしまっている日本などより、持続可能な社会を構築するポテンシャルがはるかに高いこと、パンデミックや自然災害を含む、さまざまな不測の出来事に対する強靭さという観点からも、小規模分散型システムの構築が重要であることなどの意見を出しました。

 

https://www.youtube.com/watch?v=YfTUTulQXlc

 

 終了後も、包括的フレームワークの資料請求や、大学等での講演依頼が続き、相当にインパクトの大きかったセミナーであったことがわかります。本当は、元環境大臣で、APEXの25周年記念にもお招きしたエミール・サリムさん(現在、インドネシア大学教授)にもご講演いただくはずだったのですが、急病のため、この日は参加されませんでした。すみやかなご快復を祈ります。このようなすばらしい機会の設定にご尽力いただいた水野広祐さん、どうもありがとうございました。