化石燃料消費の世界標準−COP15後の合意のために−

 COP15は、決裂するよりははるかにましであったものの、むずかしい課題を先送りする形で終わったと思います。合意を妨げている最大の要因は、先進国と途上国の対立〜意見の相違であることはいうまでもありません。交渉の過程を見ながら、先進国と途上国がともに納得できる、化石燃料の消費にかかわる基本的な考え方/拠り所となるルールが必要だと強く感じました。現状では、温暖化をかろうじて許容範囲にとどめるには世界全体でどの程度温室効果ガスを削減すればいいかについては、ある程度科学的に計算することができますが、それをどの国がどのように削減するのか、あるいはどの国はどの程度排出してもいいのか、という義務や権利の配分に関する共通の基準が見出せていません。そのような状況では、ある国が何%削減するといっても、あるいは削減はしないといっても、それを評価する物差しがないことになります。
 80年代の中頃、社会評論社の事務所で開かれていたエネルギー問題市民会議という会合に出ていたことがあり、その頃思いついたものなのですが、「化石燃料消費に関する世界標準量」という考え方があります。「市民の原発白書」(1985年)に骨格を書き、その後、「適正技術・代替社会」(岩波講座「現代社会学」第25巻所収、1996年)という文章の中で少し精度を上げたものにしました。かなりラジカルな考え方なので、なかなか受け入れられないかもしれませんが、先進国も途上国も納得できる基準として、結局は、そのような考えを部分的にでも取り入れていかないと、話がまとまらないのではないかという気がしています。くわしくは上の文章にありますが、概略は次のとおりです。
(1)石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料は、再生不可能な資源であり、環境にも負担をかけるものであるがゆえに、それをいつまでも使い続けることはできず、いつかは環境に負担をかけず再生可能なエネルギー源に転換していかざるを得ない。その転換の期限を仮に21世紀末までとする。
(2)21世紀末までに存在する人類が、現存する化石燃料資源を平等に消費するとした場合の一人当たりの化石燃料消費量を算出し、それを資源基準の世界標準量とする。
(3)一方、温暖化をかろうじて許容範囲にとどめ得る化石燃料消費量を、やはり21世紀末までに存在する人類に平等に配分した場合の消費量を環境基準の世界標準量とする。
(4)過去の消費に関する補正を行う。すなわち、それぞれの国がこれまで累積的に消費してきた化石燃料の量を将来使える量からいったん差し引き、一方、これまでの世界の累積化石燃料消費量を平等に再配分した量を加える。
 計算の結果、(1)の資源基準の世界標準量よりも、(2)の環境基準の世界標準量のほうがはるかに小さい(約6分の1程度)こと、すなわち、資源の限界よりも環境の限界のほうがずっと厳しいことがわかりました。当然環境基準のほうが採用されることになります。この環境基準の世界標準量に(4)の補正を行うと、それぞれの国で許容される化石燃料消費量が算定できます。それに、再生可能な自然エネルギーで供給可能な量を足し合わせると、その国でおよそどのようなエネルギー供給の姿が可能であるかを描けることになります。図は、日本における現状の一次エネルギー供給(A)と、過去の放出にかかわる補正前の環境基準の世界標準量と自然エネルギー供給を組み合わせた場合(B)、過去の放出にかかわる補正後の環境基準世界標準量と自然エネルギー供給を組み合わせた場合(C)を比較して示したものです。標準量の計算や自然エネルギー賦存量については、少しデータが古く、見直す必要がありますが、そう大きくは変わらないと思います。日本の場合は、現状の約3分の1のエネルギー供給が可能ということになります。

 途上国の、温暖化をもたらしたのは先進国の責任であり、まず先進国が削減すべきだという主張は正しいと思いますが、この基準によれば、そのような論に正面から答えることができます。また、日本の産業界が、日本は省エネが進んでいるから、大幅な削減は受け入れにくいという論にも一理ありますが、省エネの進展は、これまでの、あるいはこれからの化石燃料消費の節約として反映されるはずであり、上の標準量には、既にその要因も折り込まれています。
 イギリスなどの国を考えると、産業革命時の炭素の放出に関して現代のイギリス人がどこまで責任をもたねばならないか、ということは議論のあるところですので、過去の放出時期に関する一定の補正は必要かもしれません。またアメリカなどは、もうほとんど排出の権利がない結果になると思われますが、それをどのように救済〜調停するかも課題です。(1)の期限の設定の仕方や、技術進歩をどう評価するかにも議論はあるでしょう。しかし、まずはこのような世界標準量をベースとすることで議論の座標軸が定まり、定量的な話がしやすくなるのではないでしょうか。もう問題を先送りにする余裕はないので、とにかく、早く実のある合意に達してほしいです。